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大分地方裁判所 平成10年(行ウ)4号 判決 1999年3月29日

原告

小野清子

右訴訟代理人弁護士

河野聡

被告

別府市長

井上信幸

井上信幸

被告両名訴訟代理士弁護士

内田健

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告別府市長は学校法人立命館に対し、補助金三二億七〇〇〇万円を支出してはならない。

2  被告井上信幸は別府市に対し、金九億三〇〇〇万円及びこれに対する平成一〇年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用中、平成九年(行ウ)第七号事件につき生じた部分は被告別府市長の負担とし、平成一〇年(行ウ)第四号事件につき生じた部分は被告井上信幸の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

(一) 原告の被告別府市長に対する訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案の答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

(原告)

一  請求原因

1 当事者

(一) 原告は、別府市の住民である。

(二) 被告井上信幸(以下「被告井上」という。)は、被告別府市長の地位にあり、後記補助金支出について支出負担行為の権限を有する者である。

2 公金支出

(一) 別府市、大分県、学校法人立命館(以下「立命館」という。)の三者は、平成九年四月一二日、「立命館アジア太平洋大学設置基本協定書」に調印し、右協定(以下「本件基本協定」という。)において、立命館が大分県及び別府市と協力して別府市大字内竈字扇山<番地略>外に設置し、平成一一年四月に開学する予定の「立命館アジア太平洋大学」の用地として、別府市から立命館へ無償で譲渡することとした右設置場所の市有地について、その造成費及びこれに付帯する調査設計費等に要する経費を四二億円を限度額として補助するなどの内容の合意がなされた。

そして、本件基本協定に基づき別府市が立命館に交付する補助金限度額四二億円(以下「本件補助金」という。)の支払計画において、別紙「支払計画及び資金手当」のとおり、平成九年度から三年間、毎年一四億円を補助金として支出することとされた。

(二) 被告井上は別府市長として、立命館に対し、本件補助金のうち平成九年度分の九億三〇〇〇万円を交付することを決定し、平成一〇年三月二五日、これを交付した。

3 本件補助金支出の違法性

(一) 憲法八九条後段違反

(1) 憲法八九条後段の趣旨

立命館に対する本件補助金の支出は、公の支配に属しない教育の事業に対する公金の支出であるから、憲法八九条後段に違反する。

すなわち、憲法八九条後段の立法趣旨は、① 慈善、教育、博愛という美名のもとに国費が濫費されることを防止すること、② 慈善、教育若しくは博愛の事業が、時々の政治勢力によって左右され、事業の本質に反することになるのを防止することにあるところ、本件補助金の支出は、まさに大分県及び別府市の支配の全く及ばない教育事業への支出であり、「教育」の美名のもとに別府市の財政の逼迫を省みずに公金が濫費されようとしている事案であり、他方、全面的に大分県と別府市による無償の土地譲与や補助金支出等によって大学が作られるため、大学の自主性が損なわれる危険性がある。

したがって、憲法八九条後段の立法趣旨からして、本件支出が同条に違反することは明らかである。

(2) 「公の支配」の意義

なお、私学助成を合憲とするため、「公の支配」の解釈を緩和する立場に立っても、本件の支出は、特定の私立大学に対する何らの対価も義務も伴わない補助金の支出の事案であるから、憲法八九条後段に違反するというべきである。

すなわち、学校教育法や私立学校法等による教育関係法規による法的規制をもって「公の支配」ありとする見解は、国による助成を合憲とする理由付けとなっても、別府市がこれら教育関係法規によって私立大学を監督することはあり得ないのであるから、別府市による本件補助金の支出を合憲とする理由付けとはなり得ない。

また、被告らが公の支配を根拠付けるものとして主張する点は、立命館アジア太平洋大学の事業全体あるいは経営・教育に対する支配に当たらないのであるから、同大学は別府市の公の支配に属しない。

(二) 地方自治法二三二条の二違反

(1) 「公益上必要」の意義

普通地方公共団体による補助金の支出は、地方自治法二三二条の二により、「公益上必要がある場合」に限られるものである。

この「公益上必要」の概念は不明確であるが、決して自由裁量に委ねられているわけではなく、羈束行為であるから、客観的にも公益上必要であると認められなければならない。

それゆえ、当該補助金の交付が、一応「公益上必要」と認められる場合であっても、その交付が裁量権の濫用に該当する場合には許されないのであり、行政裁量一般に認められる基準、すなわち目的違反、動機の不正、平等原則違反、比例原則違反などの基準に照らして裁量権を逸脱濫用していると認められる場合には、地方自治法二三二条の二に違反するというべきである。

(2) 平等原則、比例原則違反

そして、本件補助金の支出については、大学の誘致自体は、確かに地域の活性化や教育環境の向上といった抽象的な「公益性」を有しているが、立命館という特定の私立大学のみに対して合計四二億円という著しく多額の資金提供を行うことは、平等原則、比例原則を著しく逸脱しているといわざるを得ない。

すなわち、大分県内に既存の私立大学が複数存在し、本件基本協定の調印以前にも、別府市内の既存他大学が別府市議会議長に対して補助金支出の要望書を提出していたのに、これを無視して立命館だけに極めて多額の補助金の支出を決定したことは、平等原則に違反している。

また、平成八年度の別府市における各小学校施設整備事業費が約二八六二万円、各中学校施設整備事業費が約二六六八万円、高等学校施設整備事業費が約七四〇万円、各幼稚園施設整備事業費が約一四〇五万円程度に過ぎないのに、特定の私立大学の設立のために、前記のとおり多額の資金提供をすることは、比例原則にも著しく違反している。

(3) 既存の他大学への影響

加えて、立命館アジア太平洋大学は、学部の学生数が三二〇〇人という大規模な大学であり、留学生を全学生の五〇パーセントとするとしても、少なくとも一六〇〇人の日本人学生が在学することになるから、県内の既存大学が、学生の募集に支障を来たすなどして、経営的にも多大な影響を受けることは明らかである。このような既存他大学の経営を圧迫して損害を及ぼす補助金の支出は、公益性を欠くものというべきである。

(4) 本件補助金支出の別府市財政への影響

さらに、別府市の財政運営が以下のとおり地方財政運営の基本原則の殆どに抵触していて、著しく逼迫している現状において、極めて多額の補助金を交付することは、別府市財政を破綻させる可能性が高く、他の行政目的を阻害する結果となる。

① 経常収支比率

すなわち、地方公共団体の財政構造の弾力性を示す最も信頼性の高い指標である経常収支比率については、都市で七五パーセント程度が妥当であり、八〇パーセントを超えると弾力性が失われていると判断されるが、別府市は平成八年度の経常収支比率が98.2パーセントと極めて危険な水準にあり、本件補助金の交付は財政構造弾力性確保の原則に反している。

② 公債費比率

また、財政構造の健全性が脅かされないためには、公債費比率が一〇パーセントを超えないことが望ましいとされているが、別府市の公債費比率は、平成八年度において前年度より2.0ポイント上昇し、14.5パーセントと極めて不健全な財政状態にあるところ、後記のとおり、別府市が本件補助金の支出のために大分県市町村振興資金から借入れをすることにより、別紙「立命館アジア太平洋大学誘致に係る財政指数等10年間推計」(以下「別紙10年間推計」という。)のとおり、公債費比率が更に0.5パーセント上昇し、長期的財政安定の原則に反することとなる。

③ 収支の均衡

さらに、別府市の歳入歳出総括表によれば、平成七、八年度はいずれも赤字であり、平成九年度も財政調整基金を四億九五一四万円取り崩してようやく三億二二三一万円の黒字となっているに過ぎず、収支均衡の原則も満たしていない。

④ 行政水準の確保・向上

このような現状を踏まえて、別府市総務部長から各部課長に対し、平成一〇、一一年度の予算編成は徹底的な経費節減と限られた財源の中での重点的、効率的配分を行うとし、新規事業については原則として認めず、経常的な行政経費についても一〇パーセント減で予算要求する旨通知するなど、市民に犠牲を強いる状況となっており、行政水準の確保・向上の原則も充たしていない。

さらに、別府市は、財団法人別府商業観光開発公社の経営不振による解散に伴う損失補償として二一億六〇〇〇万円を負担することとなったため、別府市の財政危機はますます深刻となり、本件補助金の支出が住民の福祉その他の行政目的の達成に極めて深刻な影響を及ぼす状況となっている。

⑤ 加えて、特定の私立大学に多額の補助金を支出して既存大学の反発を招いている点では財政運営公正の原則も侵している。

(5) 以上によれば、本件補助金の支出は著しく公益に反することが明らかであり、地方自治法二三二条の二に違反するというべきである。

(三) 本件補助金中二五億円(支出済補助金中八億円)に関する地方財政法五条一項違反

(1) 大分県市町村振興資金からの貸付け

本件補助金合計四二億円の資金手当については、別紙「支払計画及び資金手当」のとおり、一五億円は財政調整基金及び公共事業費基金によって手当し、二億円は一般財源から手当するが、残る二五億円については、大分県市町村振興資金(以下「市町村振興資金」という。)の貸付け(以下「本件貸付け」という。)によることとされているところ、このような地方債の起債を特定私立大学への補助金の財源として行うことは、地方財政法五条一項但書の事由に含まれておらず、本件補助金の支出のうち二五億円分については、同条一項に違反し違法である。

(2) 本件貸付けの形式と実態

もっとも、別府市は形式的には、「秋葉通線道路改良事業」外二七件の事業のためと称して、本件貸付けのうち、平成八年度分の市町村振興資金として八億円の貸付けを受け、これによって生じた財政余剰分を補助金として立命館に支出する方法を採っている。

① 別府市の意図

しかし、別府市自身が別府市広報、議会説明資料、助役や財政課長の議会答弁において、補助金支出の資金手当として本件貸付けを利用するという意図を明確に示している。

② 大分県の意図、大分県市町村振興資金貸付規則違反

また、大分県も本件貸付けを「立命館アジア太平洋大学進出関連特別貸付」と位置付けて実質を示している。

その上、大分県市町村振興資金貸付規則(以下「貸付規則」という。)二条別表において、市町村振興資金のうちの財政調整資金の貸付対象事業として「県が行う道路の新設・舗装及び改良事業に係る負担金並びに知事が認める負担金」に限定されているにもかかわらず、平成八年度分の本件貸付けの対象となっている二八事業のうち、右対象事業に該当するのは、県施工負担金(街路)と県施工負担金(道路)の二事業だけであり、右貸付総額八億円のうち一億七六〇万円にしか過ぎず、右二事業以外は不適正な対象事業であり、これらに対する貸付けは違法無効というべきである。

また、市町村振興資金の借入申込みの際には貸付期日の一四日前までに借入申込書を提出しなければならず(貸付規則七条)、かつ貸付日は原則として毎年三月一日である(貸付規則の運用要綱(以下「運用要綱」という。)九条)にもかかわらず、平成八年度分の本件貸付けは、平成九年三月三一日に借入申込みがなされ、同年四月一五日に貸付が実行されており、貸付規則所定の手続を逸脱している。

さらに、貸付規則二条別表によれば、地方振興資金は原則年3.5パーセント(財政調整資金は資金運用部利率)の貸付利率で一〇年の償還期間(うち一年据置)という条件での貸付けしか行えないのに、大分県は貸付規則二条二項の例外規定を無理に拡大運用し、新たに、「立命館アジア太平洋大学関連特別貸付」を設けることで、無利子、償還期間一五年(うち一年据置)という特別な条件での貸付けをなしている。

また、運用要綱四条三項によれば、「地域振興資金の充当率は貸付対象基準額のおおむね七〇パーセントとする」と定められているのに、平成八年度分の本件貸付対象の二八事業の充当率は一〇〇パセントが二事業、九〇パーセント台が二四事業で、七〇パーセント台は僅か一事業しかなく、全体では91.7パーセントに上る。

このように、大分県が貸付規則・運用要綱所定の貸付条件や手続を逸脱して強引に貸付を行っていることからも、本件貸付けが通常の市町村振興事業支援の目的ではなく、立命館アジア太平洋大学への支援という特別な目的の達成のためのものであることが裏付けられる。

③ 客観的な金額の符合

そして、客観的にも本件貸付は、別紙「支払計画及び資金手当」のとおり、四年度先までの貸付金額が事前に決定しており、それによって毎年生ずる別府市の一般財源の金額が四年間にわたる立命館アジア太平洋大学への補助金計画額と完全に符合している。このような符合は、本件貸付けを大分県と別府市が交渉協議する段階から、右貸付けを補助金に充てるという目的意識をもって意図的に行わなければ起こり得ないことである。

(3) 地方財政法五条の逸脱行為としての迂回融資

そもそも地方債は地方財政法五条によって制限を受けており、主として道路、河川、港湾、文教施設、厚生施設、消防などに関連する公共事業等五項目の場合についてのみ、その活用が認められている。これらの事業については、その事業効果が後年度まで長く継続するために、その財政負担については当該年度の市民負担に限定しなくても、事業効果の利益を受ける後年度の市民にも負担してもらうことが妥当だからである。

このような地方財政法五条の立法趣旨に照らせば、本件のように実質的にそのまま特定の私立大学への補助金に充てられる結果となる起債を是認することはできず、貸付規則についても地方財政法五条に抵触するような解釈運用は許されない。

したがって、本件補助金合計四二億円中二五億円(支出済の九億三〇〇〇万円中八億円)については、本件貸付けの形式を採ったことにより、実質的には本件補助金捻出のための迂回融資をしたものであって、地方財政法五条一項を潜脱する脱法行為であるから違法である。

4 被告井上の不法行為責任

本件補助金のうち九億三〇〇〇万円の支出は、前記3のとおり違法であるところ、右支出の時点で被告井上は別府市長として差止訴訟の被告となっており、右違法性について認識していたものであるから、別府市が被った右支出済補助金相当額九億三〇〇〇万円の損害について、不法行為に基づく損害賠償責任を負うものである。

二  本案前の要件

1 本件補助金支出の相当の確実性

前記のとおり、大分県、別府市、立命館の三者で本件基本協定に調印し、これに基づき別府市は立命館に対し四二億円を限度とする補助金の支出をなすべき義務を負った。

また、別府市議会では平成九年三月議会において平成九年度予算書が審議され、同年三月二六日に可決されたが、その中で(1) 立命館アジア太平洋大学造成費等補助金として平成九年度から同一一年度までに二八億円を限度額とする債務負担行為、(2) 大学誘致費の中の立命館アジア太平洋大学造成費等補助金として平成九年度一四億円の予算がそれぞれ記載され、合計四二億円の支出が予算として具体的に議決されるに至っている。

このように、別府市は既に立命館に対し四二億円を限度とする補助金の支出をなす義務を負い、かつ手続上いつでも支出し得る状態となっているのであるから、被告別府市長により請求の趣旨1項記載の公金の支出がなされることが確実に予測される状態となっている。

2 回復の困難な損害を生ずるおそれ

本件補助金の支出については、その金額からして、これを差し止めなければ別府市に回復困難な損害を生じさせることは明らかである。

3 住民監査請求

原告は別府市監査委員に対し、平成九年二月二八日、地方自治法二四二条一項に基づき、被告別府市長による本件補助金の支出の差止めを求める趣旨の住民監査請求をしたところ、同監査委員は原告に対し、同年四月二二日、右監査請求を棄却する旨の監査結果を通知した。

三  原告の請求

よって、原告は被告別府市長に対し、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき、本件補助金のうち支出済分を除く残額三二億七〇〇〇万円の立命館に対する支出の差止めを求める(以下「本件差止請求訴訟」という。)とともに、被告井上に対し、同項四号前段に基づき、別府市に代位して、不法行為に基づく損害賠償請求として、前記支出済補助金相当損害金九億三〇〇〇万円及びこれに対する不法行為後の日である平成一〇年四月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める(以下「本件代位請求訴訟」という。)。

(被告ら)

一  被告別府市長の本案前の主張

本件基本協定が調印された段階では、本件補助金の支出が確定したものではなく、別府市補助金等交付規則(以下「交付規則」という。)に基づく交付申請、交付決定がない段階では、本件補助金の交付金額、交付日時等は未確定であるから、本件補助金の支出が相当の確実さをもって予測される場合には該当しないし、未確定な補助金について別府市に回復困難な損害を生ずるおそれがあるということもできない。

二  請求原因に対する認否及び反論

1 請求原因1(当事者)の事実は認める。

2 同2(公金の支出)の(一)のうち、原告主張の本件基本協定の調印があったこと、原告主張のとおりの支払計画が別府市作成の資料に記載されていること及び同(二)の事実は認める。

3(一) 同3(本件補助金支出の違法性)の(一)(憲法八九条後段違反)の主張は争う。

(二) 同(二)(地方自治法二三二条の二違反)のうち、別府市の平成八年度の経常収支比率が98.2パーセントであること、別紙10年間推計のとおり、本件貸付けにより別府市の公債費比率が0.5パーセント上昇するとの試算がされたことは認め、その余の主張は争う。

(三) 同(三)(二五億円に関する地方財政法五条一項違反)のうち、本件貸付け中平成八年度分の市町村振興資金八億円が「秋葉通線道路改良事業」外二七件の事業費等の財源に充当されることは認め、本件補助金中二五億円の支出に本件貸付けが充てられること、平成八年度分の本件貸付金八億円が平成九年度分の本件補助金九億三〇〇〇万円の支出に充てられたことは否認し、主張は争う。

4 同4(被告井上の不法行為責任)の主張は争う。

(被告らの反論)

1  憲法八九条後段違反の主張について

立命館アジア太平洋大学建設の事業は、以下のとおり、憲法八九条後段の「公の支配」に属する教育事業に該当する。

(一) 立命館に対する国の「公の支配」

立命館は、私立学校法、学校教育法等教育関係法令による規則を受けている。

(二) 立命館アジア太平洋大学に対する別府市の「公の支配」

立命館アジア太平洋大学は、文部省大学設置審議会大学設置計画分科会が昭和五九年六月六日に発表した「昭和六一年度以降の高等教育の計画的整備」(以下「新高等教育計画」という。)に示された「公私協力方式」により設置されるものである。

そして、別府市は、立命館アジア太平洋大学の設置につき、大学用地の無償譲与及び本件補助金の支出による援助をすることにより協力することとしたものであるところ、土地譲与については、普通財産譲与契約書により、別府市はその用途を立命館アジア太平洋大学の設置及び運営並びに教育関連事業の用途に供しなければならないとの用途指定を行い、立命館が右土地を指定用途に供しないときは譲与契約を解除することができるものとされ、譲与後にあっても立命館は右土地の所有権を第三者に譲渡してはならず、大学事業遂行の間は引き続き指定用途に供しなければならないとされているほか、別府市は、右土地の使用状況等について実地調査を行い、その報告を求めることができるとされ、右用地が大学に譲与された後であってもその使用、収益、処分等について別府市による規制、監督が加えられることとされている。

また、本件補助金については、交付規則及び「立命館アジア太平洋大学造成費等補助金交付要綱」(以下「交付要綱」という。)による規制が行われており、既に四二億円を限度として、平成九年度、同一〇年度、同一一年度に各一四億円ずつ立命館に交付する旨の交付決定がされているが、その交付方法は概算払い又は精算払いとされていて、別府市が造成工事の出来高をチェックしてその出来高に応じて各年度の補助金を支出することとしており(交付要綱七条、八条)、交付決定額が無条件で支出されるものではなく、また、交付決定の取消し、変更等ができるとされている(交付規則八条、一一条、一三条)。

このように、立命館アジア太平洋大学の建設事業に対する別府市の「公の支配」は十分に及んでおり、本件補助金の交付は公の支配に属する事業に対するものである。

2  地方自治法二三二条の二違反の主張について

立命館アジア太平洋大学の設置は、公益目的を有し、本件補助金は右目的のために不可欠であり、地方自治法二三二条の二の「公益上の必要」を有する。

(一) 立命館アジア太平洋大学進出に伴う地域振興

別府市は、法律上国際観光温泉文化都市とされているところ(昭和二五年法律第二二一号別府国際観光温泉文化都市建設法)、立命館アジア太平洋大学の設置は、このような別府市の地域文化の向上、学術の振興、国際交流の推進に大きな影響を与えるものであり、世界各国から多数の留学生を迎えて別府市の国際化に弾みをつけ、二一世紀のアジア太平洋地域における国際人の養成拠点として飛躍し、若者の定住を図るとともに地域経済社会の振興にも資するものである。

また、別府市は右大学の設置によって、大学の知的資源を最大限に活用し、市民に開かれた地域貢献が可能となる生涯学習や産業振興、地域の活性化に資する正課外教育の機会を得ることになる。

(二) 公私協力方式による高等教育の充実

新高等教育計画は、地方における高等教育機関の整備を図るためには、地方公共団体と学校法人の協力が必要であるとの提言を行い、その方式の一つとして、「公私協力方式」が示されている。

そして、この「公私協力方式」によって地方に多数の私立大学が設置されており、地方公共団体の援助の対象、範囲は、用地の無償譲与、設置費用の補助、運営費の援助など多岐にわたっている。

立命館アジア太平洋大学の設置は、この「公私協力方式」の要請にも適うものである上、新高等教育計画に示されている高等教育の質的充実の要請にも合致するものである。

(三) 立命館アジア太平洋大学の進出に伴う別府市の財政への影響

原告は、別府市の財政状況は、経常収支比率、公債費比率が悪化し、収支均衡の原則や行政水準の確保・向上の原則を充たしていない現状にあり、更に本件補助金を支出すれば、別府市の財政を破綻させる可能性が高いことをもって、右支出に公益上必要がないことの根拠として主張する。

(1) 収支均衡、行政水準の確保・向上について

しかし、別府市の平成八年度の実質収支は黒字であり、財政分析上最も重要な意義を有する収支均衡の原則を充たしているのみならず、別府市が地方公共団体として行うべき通常の行政サービスは、経常一般財源のみならず臨時一般財源、地方債等の特定財源を活用して円滑に遂行されており、通常の行政サービスに支障を来すような財政状況には至っていない。

(2) 経常収支比率と立命館アジア太平洋大学進出に伴う経済的波及効果について

また、別府市の平成八年度の決算状況をみると、一般財源等総額が二七九億二三一三万六〇〇〇円、そのうち経常一般財源が二二四億四三五二万円、臨時一般財源が五四億七九六一万六〇〇〇円であり、大分県下の他の市町村に比べ一般財源等総額に占める臨時一般財源の比重が高いという特殊性を有しており、経常収支比率のみを指標にして別府市の財政分析を行っても、同市の財政状況全体が明らかになるものではない。

そして、立命館アジア太平洋大学の進出による地域経済効果は、大分県の所得誘発効果として六二億八七五〇万円と想定され、そのうちの八〇パーセントの五〇億三〇〇〇万円が別府市に所得誘発効果として及ぶと試算され、このような同大学進出の経済的波及効果により、別府市の経常収支比率は別紙10年間推計のとおり、同大学を誘致しない場合と比較して、平成一四年度以降顕著に改善し、財政構造の弾力性が確保されることになる。

(3) 本件貸付けによる後年度の財政負担、公債費比率への影響について

また、本件貸付けについては、貸付条件を無利子でかつ返済方法も償還期間一五年(内据置期間一年)として平準化し、財政運営の健全性の維持に努めており、公債費比率については、別紙10年間推計のとおり、本件貸付けによる上昇分は僅か0.5パーセントに過ぎず、後年度の財政の大きな負担要因にはならない。

したがって、立命館アジア太平洋大学の進出により、別府市の財政状況が直ちに悪化するものではなく、原告の主張は失当である。

3  本件補助金中二五億円(支出済補助金中八億円)に関する地方財政法五条一項違反の主張について

(一) 本件補助金の財源と本件貸付けの使途

本件補助金の財源は全て一般財源をもって充てられており、本件貸付けは、地方財政法五条一項二号・五号に該当する適債事業の財源となるものである。

すなわち、平成八年度分の本件貸付金八億円は、同年度の「秋葉通線道路改良事業」外二七件の適債事業の事業費等の財源として貸付けがされ、これに充当されており、右貸付金が平成九年度の本件補助金九億三〇〇〇万円の支出に充てられたことはなく(会計年度独立の原則)、平成九年度分の本件貸付金六億円についても一六適債事業に充当され、平成一〇年度分以降の本件補助金の支出についても、本件貸付けをもって本件補助金の特定財源として充てることはない。

(二) 本件貸付けの目的

原告は、あたかも本件貸付けが本件補助金を捻出するための特定財源であり、地方財政法五条一項を潜脱する行為であると主張する。

しかし、本件貸付けの目的は、本件補助金の支出によって別府市の財政運営が支障を来すことを防ぎ、同市の財政運営を円滑化し、立命館アジア太平洋大学の誘致によって同市の通常の行政サービスの水準が低下するのを防ぎ、なおかつ同大学の誘致を円滑に推進することにあり、別府市全体の行政運営に対する財政支援措置であって、本件補助金の支払に充てるための貸付けではないから、これをもって地方財政法五条一項の脱法行為ということはできない。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の各記載を引用する。

理由

一  当事者

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  立命館アジア太平洋大学の誘致経過と本件補助金の支出について

争いのない事実、記録上明らかな事実に証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

1  平松守彦大分県知事は、平成七年八月三〇日、大分県にアジア各国の学生や技術者を集め、アジア太平洋地域における人材育成の拠点を作るという「アジア太平洋大学構想」を発表した(甲第一号証の1、4)。

被告井上や別府市議会議長らは、平松知事の右「新大学構想」が二一世紀に向けての別府市の振興を図る上で極めて重要であると考え、同年九月五日、新大学の誘致についての特別の配慮を平松知事に要請した(甲第一号証の1)。

一方、立命館は、大学の国際化を教育理念として掲げ、近年特にアジア、太平洋地域を重視した海外の大学・研究機関との協力関係を推進していたところ、前記平松知事の「新大学構想」はこのような立命館の理念と一致するものと判断してこれに応じ、大分県、別府市と新大学の設立計画の具体化を進めるようになった(乙第二三号証の1、第三八号証)。

その結果、大分県、別府市及び立命館は、同年九月二五日、別府市十文字原地区に立命館アジア太平洋大学を設置し、平成一一年度開学予定とすることなどについて、三者間で基本的な合意がなされた旨の共同記者発表を行った(甲第一号証の1、4ないし6)。

その後、立命館は、平成八年一一月、「立命館アジア太平洋大学設置事業基本計画」という。)を策定し、大分県、別府市に提出した(甲第三号証の1ないし61)。

2  右1の過程において、立命館、大分県及び別府市の三者間で構想された立命館アジア太平洋大学の概要は、同大学をアジア太平洋地域における人材育成の拠点とし、学部構成をアジア太平洋学部と国際マネジメント学部の二学部とすること、定員を学部生数三二〇〇名、開学後設置予定の大学院生数二〇〇名とすること、留学生が全学生の五〇パーセント、外国人教員が全教員の三〇ないし四〇パーセントとなることを目標とすること、授業を日本語又は英語で行うこと、アジア太平洋諸国との国際的ネットワークによる教育プログラムや研究機関を構築することなどであった(甲第一号証の5、第二号証の1ないし3、乙第一、第二号証)。

3  その後、大分県、別府市及び立命館の三者間の協議により、左記内容等からなる「立命館アジア太平洋大学設置基本協定書(案)」(以下「本件基本協定書案」という。)が作成された(甲第四号証の2、3)。

(一)  立命館は、大分県及び別府市と協力して、別府市に立命館アジア太平洋大学を設置し、平成一一年四月の開学を目指す。

(二)  同大学の学部・学科は二学部二学科、収容定員は三二〇〇人を目指す。

(三)  同大学の設置場所は、別府市大字内竈字扇山<番地略>外とし、別府市は同大学の校地として有効に利用できる土地を約三〇ヘクタール確保することとし、立命館に対し右設置場所の市有地を無償で譲渡する。

(四)  別府市は立命館に対し、右土地の造成費及びこれに附帯する調査設計等に要する経費を、四二億円を限度額として補助する(本件補助金)。

(五)  大分県は立命館に対し、校舎等の建築に要する経費等を、一五〇億円を限度額として補助する。

(六)  立命館は、同大学の設置後、早期に大学院の設置を目指す。

(七)  立命館は、新大学の建設に当たっては、地元企業を活用するよう努める。

4  本件基本協定書案は、立命館アジア太平洋大学の概算事業費見込み等に関する資料とともに、平成九年二月一九日の別府市議会観光振興及び企業・大学誘致対策特別委員会調査会、同年二月二五日の同市議会全員協議会に説明資料として提出されたが、その際、立命館アジア太平洋大学の設置、開学段階での概算事業費については総額三〇五億円、右事業費のうち用地開発造成費については、調査設計業務委託費三億五〇〇〇万円、粗造成費四一億五〇〇〇万円の合計四五億円と見込まれる旨の説明がされた(甲第四号証の1ないし3、乙第二〇号証)。

また右全員協議会において、別紙「支払計画及び資金手当」のとおり、本件補助金を平成九年度より三か年にわたり各一四億円ずつ、合計四二億円を限度額として支出する旨の説明資料が配布された(乙第二〇号証、証人三浦義人)。

5  被告別府市長は、(1) 立命館アジア太平洋大学造成費等補助金として平成九年度から同一一年度までに二八億円を限度額とする債務負担行為、(2) 平成九年度歳出の総務費における大学誘致費の中の立命館アジア太平洋大学造成費等補助金一四億円の予算をそれぞれ計上した平成九年度別府市一般会計予算を調整して、平成九年三月六日、別府市議会に提出し、同年三月二六日、右予算案が同市議会において可決された(甲第一二号証、乙第一一号証)。

そして、別府市、大分県及び立命館の三者は、平成九年四月一二日、前記3の(一)ないし(七)の内容等からなる本件基本協定に調印し、その後の同年九月二五日、右協定のうち立命館アジア太平洋大学の開学時期を平成一二年四月とする旨改定した協定書に調印した(争いのない事実、甲第一一、第一三号証、乙第二四号証)。

6  別府市と立命館は、平成九年一〇月一三日、立命館アジア太平洋大学の設置用地である別府市大字内竈字扇山<番地略>外七筆の市有地(合計約41.6ヘクタール。以下「本件市有地」という。)を別府市が立命館に譲与する旨の普通財産譲与契約(以下「本件譲与契約」という。)を締結し、同月一八日、右用地の造成工事が着工された(乙第二三号証の13ないし15、第二五号証)。

7  被告別府市長は、本件補助金について、立命館の平成九年一〇月二日付交付申請を受け、平成一〇年二月一〇日、交付要綱四条の規定に基づき、左記のとおり本件補助金の交付決定をした(記録上明らかな事実、乙第五、第二七号証、弁論の全趣旨)。

(一)  補助金の交付決定額

四二億円

内訳 平成九年度 一四億円

平成一〇年度 一四億円

平成一一年度 一四億円

(二)  交付方法

概算払又は精算払

そして、被告井上は別府市長として、平成一〇年三月二五日、立命館に対し、右交付決定に係る平成九年度分の一四億円中、大学用地工事造成費等の出来高に応じた九億三〇〇〇万円を交付した(争いのない事実、証人三浦義人)。

三  本案前の要件について

1  本件補助金支出の相当の確実性について

(一)  地方自治法二四二条の二第一項一号の差止請求は、未だ行われていない財務会計行為の差止めを求めるものであり、同法二四二条一項が、かかる財務会計行為について、「当該行為がなされることが相当の確実性をもって予測される場合」には、これを対象として監査請求することができるとしていることからすると、右のような場合であることが、監査請求及びこれに対応する差止請求訴訟の適法要件になると解される。

そして、住民訴訟においては、右の適法要件にいう「当該行為」とは、同法二四二条一項にいう財務会計行為のうち違法なものをいうのであるから、本件差止請求訴訟の訴訟要件としては、原告の主張する違法事由との関係において、当該財務会計行為の行われることが相当の確実性をもって予測される場合であることが必要であると解される。

(二)  前記二の事実に弁論の全趣旨を総合すると、本件補助金については、立命館から提出された「立命館アジア太平洋大学設置事業基本計画」をもとに、大分県、別府市及び立命館の三者で協議検討し、同大学の用地開発造成費についての概算事業費を四五億円と見積もった上で、うち四二億円までの分を別府市が補助するものとし、その他同大学の開学時期や学部・定員、設置場所・校地面積等の概要等の内容からなる本件基本協定書案が作成されたこと、右協定書案の内容に沿って、本件補助金限度額四二億円中平成九年度分の一四億円を歳出とし、残余の二八億円を債務負担行為として計上した別府市平成九年度一般会計予算の調整、別府市議会への提出、同市議会の議決の手続が行われ、被告別府市長に本件補助金の支出権限が付与された後、大分県、別府市及び立命館の三者で右内容のとおりの本件基本協定に調印したことが認められる。

ところで、本件基本協定に調印した段階では、本件補助金について被告別府市長による交付決定はなく、未だ立命館の別府市に対する実体的な補助金交付請求権が発生したわけではないし、また乙第二七号証によれば、被告別府市長は、立命館から本件補助金の交付申請があったときに、その内容を審査し、適当と認めるときに本件補助金の交付決定をする(交付要綱四条)取扱いであることが認められるから、本件基本協定の成立をもって、別府市と立命館との間に本件補助金の贈与の予約が成立したと解することも相当でない。

しかしながら、前記認定したところによれば、本件補助金の交付計画、交付対象事業等は、本件基本協定書案の作成、別府市議会における予算の議決、本件基本協定の調印という一連の段階を経て概ね特定しており、たとえ本件補助金の最終的な支出金額、支出時期、支出方法まで確定するに至っていなくとも、右協定の調印時点で、本件補助金の交付予定が相当の確実さをもって客観的に推測される程度に具体性を備えるに至ったと解するのが相当である。

そして、原告の主張する違法事由は、例えば用地開発造成費の概算見積額を争う場合のように、概算払いあるいは精算の段階でこれを是正する機会があるようなものとは性質を異にしている。

したがって、本件基本協定調印時である平成九年四月一二日において、本件補助金の支出が相当の確実性をもって予測されるに至ったと解するのが相当である。

2  回復の困難な損害を生ずるおそれについて

(一)  地方自治法二四二条の二第一項ただし書にいう「回復の困難な損害を生ずるおそれがある場合」とは、住民訴訟のいわゆる客観訴訟としての性質及び規定の位置、文言等に照らし、同項一号の差止請求訴訟の訴訟要件を定めたものと解すべきである。

そして、右差止請求訴訟が、違法な財務会計行為を事前的に防止、抑制することを目的とする訴訟類型である一方、違法な財務会計行為がされた後であっても、同項四号の代位請求訴訟などにより当該地方公共団体が被った損害を回復する可能性があることを考慮すると、「回復困難な損害を生ずるおそれがある場合」とは、当該行為によって被ると予想される損害が多額であり、かつ代位請求訴訟の被告適格を有する者の資力や右損害の額等に照らしその事後的な回復が困難であるとか、当該行為がされても不法行為や不当利得の成立の余地がないなど、代位請求訴訟等による事後的な損害の回復が困難又は不可能である場合をいうと解するのが相当である。

(二)  本件では、今後仮に本件補助金が違法に支出された場合、別府市に生ずる損害額は最高で三二億七〇〇〇万円(支出済分と合計すれば四二億円)と多額にわたる。

そして、右損害額について代位請求訴訟の被告適格を有する者のうち、本件補助金の支出権限を有する当該職員たる被告井上については、同被告個人の資力によってはこのような多額の損害を填補することが困難なことは明らかである。

また、支出の相手方である立命館についても、前記二の事実によれば、立命館アジア太平洋大学の設置・開学に要する概算事業費中大分県及び別府市からの補助金で賄う部分が約三分の二を占めていること、右事業以外の諸事業についても、補助金や借入金、一部資産売却により調達した自己資金等で事業費を賄っている現状にあること(乙第三八号証)に鑑みると、立命館に対する代位請求訴訟によっても、前記損害を回復することは困難であると認められる。

したがって、本件補助金三二億七〇〇〇万円については、その支出により別府市に「回復の困難な損害を生ずるおそれがある場合」に該当するというべきである。

3  以上によれば、本訴はいずれも本案前の要件を充たしているので、以下、本案である本件補助金支出の違法性について判断する。

四  憲法八九条後段違反について

原告は、本件補助金の支出は憲法八九条後段に違反する旨主張するので、この点について検討する。

1  「公の支配」の意義

憲法八九条は、「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため(前段)、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し(後段)、これを支出し、又はその利用に供してはならない。」と規定するところ、同条前段は、国家と宗教の分離を財政面から保障する趣旨によるものであるから、その規制は政教分離の原則(憲法二〇条一項後段、三項)の趣旨に沿ってなされるべきであるのに対し、同条後段については、慈善、教育、博愛の事業は、国、地方公共団体等との厳密な分離を本質的に必要とするものではなく、私的なこれらの事業に対する財政的援助も通常は公共的利益に適うものであるが、右援助の使途が完全に私的事業の自由に委ねられるものとすると、公共的利益に反して不当に利用され、ひいては公金その他の公の財産が濫費される可能性もあることから、これらの弊害を防止する趣旨によるものと考えられる。

したがって、同条後段にいう「公の支配」に属する教育等の事業といえるためには、国、地方公共団体等が当該事業に対して行う財政的援助が、公共の利益に反して不当に利用され、公の財産が濫費されることを防止し得る程度に監督することをもって足り、必ずしも公権力が当該事業の人事に関与し、自ら予算を定め、その執行を監督するなどの強い監督を必要とするものではないと解するのが相当である。

2  別府市の立命館に対する財政的援助についての「公の支配」

そして、前記二の事実によれば、別府市は立命館に対し、立命館アジア太平洋大学の設置事業について、本件市有地の譲与及び本件補助金の支出からなる財政的援助を行うものであるところ、右援助が右1にいう「公の支配」に属する事業に対するものに該当するかどうかを検討する。

(一)  私立学校振興助成法による規制

立命館は、私立学校法三条に規定する学校法人であり、立命館アジア太平洋大学は、同法二条三項に規定する私立学校である(弁論の全趣旨)。

そして、国又は地方公共団体は、教育の振興上必要があると認める場合には、私立学校振興助成法(以下「助成法」という。)で定めるところにより、私立学校教育に関し必要な助成をすることができ(私立学校法五九条)、学校法人に対し、補助金の支出や貸付金、その他の財産の譲渡などの助成をすることができるところ(助成法一〇条)、私立大学及び学校法人についての所轄庁である文部大臣(助成法二条四項、私立学校法四条一号・三号)は、助成法の規定により助成を受ける学校法人に対して、(1) 助成に関し必要があると認める場合、業務又は会計状況に関する報告を微し、又は職員に当該学校法人の関係者に対する質問若しくは帳簿、書類その他の物件の検査をさせること、(2) 収容定員を著しく超えて入学させた場合にその是正を命じること、(3) 予算が助成の目的に照らし不適当であると認める場合、必要な変更をすべき旨を勧告すること、(4) 役員が法令の規定などに違反した場合、当該役員を解職すべき旨を勧告することの権限を有するとされている(助成法一二条一号ないし四号)。

(二)  地方自治法、本件譲与契約、交付規則及び交付要綱による規制

前記二の事実によれば、別府市は、立命館アジア太平洋大学の設置事業に対し、本件市有地の譲与及び本件補助金の支出からなる財政的援助を行うものであるが、本件市有地の譲与については、本件譲与契約で、立命館は本件市有地の用途を立命館が行う新大学の設置及び運営並びに教育関連事業の用途(指定用途)に供しなければならないこと、立命館は別府市と協議して定める期日(指定期日)までに本件市有地を指定用途に供し、また右期日から右各事業遂行の間(指定期間)、引き続き指定用途に供しなければならないこと、立命館は本件市有地の所有権を第三者に譲渡してはならないこと、別府市は指定期間において、本件市有地の使用状況について実地調査を実施し、又は立命館にその報告を求めることができることが約定されており、立命館が指定期日を経過しても本件市有地を指定用途に供せず、又は指定用途に供した後指定期間内に右用途を廃止したときは、被告別府市長は本件譲与契約を解除することができることになっている(乙第二五号証、地方自治法二三八条の五第五項、六項)。

また、本件補助金については、交付規則及び交付要綱による規制が行われており、その交付方法については交付決定額の範囲内で概算払いすることができ(交付要綱九条)、立命館は、立命館アジア太平洋大学の設置事業について、事業着手届、事業状況報告書、事業完了届等を被告別府市長に提出しなければならず(同七条)、被告別府市長はその命じた職員に右事業の遂行状況及び書類帳簿その他必要物件を実地検査させることができ(同八条)、立命館は、原則として補助金交付決定年度の翌年度以降毎年度四月二〇日までに、補助事業実績報告書に、造成工事、調査費及び設計監理委託業務等に係る実績報告書、工事費等に係る支払実績報告書などを添付して被告別府市長に提出しなければならない(交付規則九条、交付要綱一一条)とされているほか、被告別府市長は、補助事業の遂行ができなくなったと認めたときは交付決定の取消し又は変更を、補助事業者が補助金等を他の用途に使用し又は補助金等の交付決定の内容若しくはこれに付した条件に違反したときは交付決定の取消しをすることができるとされている(交付規則八条、一一条)(乙第五、第二七号証)。

(三)  憲法八九条後段違反の有無

そうすると、別府市の立命館に対する本件市有地の譲与及び本件補助金の支出からなる財政的援助については、私立学校法、助成法により文部大臣が、また地方自治法、本件譲与契約、交付規則及び交付要綱により被告別府市長が、それぞれ右援助の公共の利益に反する不当利用や公の財産の濫費を防止し得る程度の監督を及ぼしているといえるから、本件補助金の支出は、「公の支配」に属する教育の事業に対するものであって、憲法八九条後段に違反しないというべきである。

五  地方自治法二三二条の二違反について

1  公益上の必要の判断基準

地方自治法二三二条の二によれば、普通地方公共団体は、「その公益上必要がある場合」には、補助等をすることができるとされているところ、右にいう「その公益上必要がある場合」に該当するか否かの判断は、当該地方公共団体の長及び議会によってなされる。

そして、右の公益上の必要性とは一般的・抽象的な概念であり、かつ当該地方公共団体ないしその住民全体の利益という観点から、当該補助等の目的が正当かつ合理的であるか、右目的を達成する上で当該補助等が必要であるか、当該補助等の態様、程度等が、他の行政目的との均衡や当該地方公共団体の財政事情等との関係において相当であるかなど、諸般の事情を総合的に考慮した政策的判断になじむ性質のものである。

したがって、右の公益上の必要性の判断については、当該地方公共団体の長及び議会の合理的な裁量に委ねられており、当該補助等が他の法令によって禁止されている場合を除き、その裁量的判断が、前記諸般の事情に照らし著しく不合理で、裁量権の逸脱又は濫用と認められる場合にのみ、同法二三二条の二に違反し、違法になると解するのが相当であり、この見地から、本件補助金支出の公益上の必要性を基礎付ける事実の有無について検討する。

2  立命館アジア太平洋大学の開学に伴う地域振興等

(一)  別府市は別府国際観光温泉文化都市建設法により国際観光温泉文化都市として位置づけられており、大分県の外国人宿泊観光客の六割を集客し、韓国を中心にアジアとの交流が活発であったが、近年は毎年人口が減少しており、観光・経済ともに低迷傾向にあり、地域の活性化が課題となっていた(甲第一四、第二〇号証、乙第三、第九号証)。

このような事情を背景に、別府市は、本件補助金を計上した平成九年度予算案の審議に先立つ別府市議会全員協議会での説明資料や市報等において、立命館アジア太平洋大学の開学が別府市に及ぼす主なメリットを以下のとおり説明している(甲第一四号証、乙第二〇号証)。

(1) 別府市が二一世紀におけるアジア太平洋地域の人材養成の拠点となること。

(2) 約四〇〇〇人の学生や教職員が居住することにより、別府市の人口増につながり、同市の高校生も地元での進学の選択肢が広がり、若者の定住に寄与すること。

(3) 市民大学、公開講座など市民に高等教育の機会を提供すること。

立命館も、「立命館アジア太平洋大学設置事業基本計画」において、大学の知的資源を最大限に活用し、市民に開かれた地域貢献が可能となる生涯学習をはじめ、産業振興、地域の活性化に資する正課外教育の機能を重視した地域密着型キャンパスを建設する旨表明している(甲第三号証の8)。

(4) 学生の約半数がアジア太平洋地域からの留学生であるため、別府市の国際化につながり、また卒業生を介してアジア太平洋地域との人的、文化、学術、経済交流等が拡大し、観光振興にもつながること。

(5) 別府市にもたらされる地域経済効果として、同大学が別府市で開学しない場合と比較した場合、毎年約五〇億三〇〇〇万円の所得を誘発すると見込まれること。

右所得誘発効果の試算に当たっては、立命館大学経済学部の山田彌教授(経済統計学)らが作成した、同大学、教職員、学生の消費支出等により、大分県の各種産業の生産活動、県民の所得、雇用の増加(前記二の3(七)参照)が誘発され、大分県の所得誘発効果として約六二億八七五〇万円が見込まれるとの調査資料をもとに、立命館からの指導により、その八割の五〇億三〇〇〇万円を別府市民の所得誘発効果として試算した(甲第七号証の2、乙第三、第四、第二〇号証、証人三浦義人)。

また、同大学を誘致しない場合と比較すると、学生、教職員の人口増加により、別府市の市税の増収が見込まれる一方、基準財政需要額も増大することとなるが、これに対応した普通地方交付税の増収も見込まれる(甲第一八号証の2、乙第二六、第四〇号証、証人三浦義人。地方交付税法一〇条ないし一二条参照)。

(二)  このような立命館アジア太平洋大学開学に伴う別府市の利益の見込みは、文部省大学設置審議会大学設置計画分科会の昭和五九年六月六日付報告に係る新高等教育計画で、高等教育の質的充実の方向として、(1) 開かれた高等教育機関(社会人の受入れ、公開講座の拡充、地域社会・地域産業の振興への協力等)、(2) 高等教育機関の国際化の推進(外国人教員・留学生等の受入れ)、(3) 特色ある高等教育機関の整備(生涯教育の観点に立った夜間教育、通信教育の充実等)を提言していることによって裏付けられる(乙第三六号証)。

「大学等の立地と地域における期待・効果等に関する調査」(国土庁大都市圏整備局編)等においても、私立大学等が立地した市町村において、地域の文化環境の向上、生涯学習体制の整備、地元子弟の進学機会の拡大、若者・大学関係者人口の増加等の効果があるものとして評価されている(乙第一五、第一六号証)。

3  公私協力方式による高等教育の充実

新高等教育計画はまた、地方における高等教育機関の整備を図る方法の一つとして、地方の要望に適切に応じた高等教育機関を設置・運営する場合に、地方公共団体と学校法人の協力によって設置・運営する方式であり、設置形式は私立であるが、地方公共団体が土地、校舎等の建物及び整備の一部を現物若しくは資金で準備し、又は学校法人に対し経常費の一部を補助するなどの内容からなる「公私協力方式」についての提言を行った(乙第八号証)が、立命館アジア太平洋大学は、大分県、別府市及び立命館の三者による公私協力方式で設置、運営されるものである(甲第一四号証、前記二の事実)。

昭和五七年から平成六年ころにかけて、公私協力方式により設置された大学、短期大学は、全国で九〇数校に及び、そのうち校地の無償提供の事例と創設費の一部として数一〇億円を負担する事例が半数以上であり、近年では校地の無償提供とともに造成費を一部負担する事例、設置経費及び経常経費の一部を負担する事例なども多くみられる(甲第一四号証、乙第一六、第三六、第三七号証)。

4  本件補助金と別府市内の他の文教施設、学校法人への対応との比較

(一)  平成八年度の別府市における各種文教施設の整備事業費は次のとおりである(甲第八号証の2)。

各小学校施設整備事業費

二八六二万四〇〇〇円

各中学校施設整備事業費

二六六八万一〇〇〇円

高等学校施設整備事業費

七四〇万二〇〇〇円

各幼稚園施設整備事業費

一四〇四万九〇〇〇円

(二)  別府市内には、既存の私立大学として別府大学外二大学があり、本件基本協定調印前に、別府大学外一大学から、数一〇億円の補助金支出の陳情が別府市議会議長になされるなどしたが、そのうち別府大学に一億円の交付決定があった以外には補助金は支出されていない(甲第六号証の1ないし3、第三六号証の2の3、証人三浦義人)。

5  別府市の財政の現状と本件補助金支出による影響等について

(一)  別府市の収支

(1) 別府市の平成七年度ないし九年度の歳入歳出総括表によれば、各年度の総計決算における形式収支(歳入総額と歳出総額との差)は次のとおりである(甲第三八号証)(編注:表)。

年度/会計区分

一般会計

特別会計

合計

平成七年度

639,192,085

△1,332,240,118

△693,048,033

平成八年度

616,457,934

△1,212,929,077

△596,471,143

平成九年度

1,281,358,214

△959,040,770

322,317,444

右のうち平成九年度分については、基金等の取崩額を前年度よりも三倍以上増額し、一般会計に繰り入れたことによって、黒字を確保したものである(甲第二七、甲第三八号証)。

(2) また、別府市の平成七、八年度の決算額実質収支等の状況によれば、実質収支(形式収支から翌年度に繰越すべき財源を控除したもの)、単年度収支(当該年度の実質収支から前年度の実質収支を控除し、実質収支の増減を示すもの)、実質単年度収支(収支結果に現われないが、歳出決算額の中に含まれる実質的な黒字要素である基金積立てや取崩し、地方債の繰上償還などを考慮した数字)はそれぞれ次のとおりである(甲第二七号証)(編注:表)。

収支の種類/会計区分

一般会計

特別会計

合計

実質収支

(平成七年度)

620,382,085

△1,378,074,569

△757,692,484

(平成八年度)

573,951,934

△1,212,929,077

△638,977,143

単年度収支

(平成七年度)

13,050,577

△425,649,034

△412,598,457

(平成八年度)

△46,430,151

165,145,492

118,715,341

実質単年度収支

(平成七年度)

563,813,500

△425,649,034

138,164,466

(平成八年度)

1,126,613,849

165,145,492

1,291,759,341

(3) (1)、(2)の事実によれば、別府市の一般会計における決算収支の均衡は概ね充たされているが、特別会計の形式収支、実質収支は赤字続きであり、全体としての収支の均衡は必ずしも継続的に保たれていない状態にある(甲第三八号証)。

(二)  別府市の財政構造、歳入構造の弾力性とこれに対する立命館アジア太平洋大学の開学に伴う影響

(1) 別府市の経常収支比率(人件費、公債費、扶助費等の経常経費に充当される一般財源の経常一般財源収入額に占める比率)は、平成七年度が88.5パーセント、同八年度が98.2パーセント、同九年度が96.6パーセントである(争いのない事実、甲第二七、第三八号証)。

経常収支比率は、地方公共団体の財政構造の弾力性を測定する比率として用いられ、一般的に都市においては七五パーセント程度が妥当と考えられ、八〇パーセントを超えるとその地方公共団体は弾力性を失いつつあると考えられるところ、別府市においては、過去の大型事業の元利償還期が重なり、公債費が増加したことなどにより、平成八年度において経常収支比率が右のとおり大幅に悪化し、大分県下の市町村で最悪で、全国六九一都市中でも三六番目に悪い都市となっている(甲第一九、第二七号証、第二八号証の2、第三一号証、弁論の全趣旨)。

また、別府市の標準財政規模(地方公共団体の一般財源の標準規模を示すもので、基準財政収入額から各種譲与税等を控除した金額を基準財政収入額への算入率(地方交付税法一四条参照)で割り返し、各種譲与税等及び普通交付税額を加算したもの)に対する経常一般財源(毎年度経常的に収入される財源のうち使途の特定されないもの)の割合を示す経常一般財源比率は、平成八年度実績で、標準財政規模が二二九億四九六三万六〇〇〇円、経常一般財源が二二四億四三五二万円であるから、97.79パーセントとなり、同市の歳入構造の弾力性は標準(一〇〇パーセント)を下回っている(甲第二二、第二七号証、第二八号証の2)。

(2) 別府市においては、立命館アジア太平洋大学が平成一一年四月に開学した場合には、開学しない場合と比較して、開学に伴う市税、地方交付税等の増収により、別紙「経常収支比率等の推計」のとおり、経常一般財源が拡大して経常収支比率が改善し、また別紙「立命館アジア太平洋大学の進出に伴う歳入の影響額調」のとおり、中期財政計画に基づく標準財政規模の見込額が同別紙のとおり拡大するものと推計している(甲第七号証の2、第二六号証、乙第二〇、第二六、第四〇号証)。

なお、証人中川隆は、右各別紙の見積りによれば、平成一六年度まで経常一般財源が標準財政規模を上回っているのに同一七年度において下回っており、別府市の右見積りが現実と乖離したものである旨証言、陳述(甲第二六号証)するが、右証言等の前提となっている別府市の市町村税の徴収率について誤りがあり(乙第四〇号証)、また前記認定した市税、普通交付税の増収の見込みに照らし、右疑問点のみで別府市の右推計の合理性を全く否定することはできず、採用することができない。

(3) なお、別府市は本件補助金の支出について、平成九年度地方財政状況調査表作成要領(自治省財政局指導課)に従い、投資的経費である普通建設事業費に計上し、右支出による経常収支比率への影響はないものとする取扱いをしている(乙第四〇、第四四号証、証人三浦義人)。

(三)  本件補助金の財源措置

別府市は、本件補助金支出の財源対策として、同補助金を全て一般財源から支出することとする一方、立命館アジア太平洋大学の誘致事業以外の通常の行政サービスの維持に支障を来すような一般財源の持出しを極力抑制しつつ、右誘致事業を円滑に推進させるための資金手当計画を次のとおり講ずることとした(甲第七号証の2、乙第二〇、第二六号証、証人三浦義人、弁論の全趣旨)。

(1) 別紙「支払計画及び資金手当」のとおり、平成一〇年度、同一一年度において、年度間の財源不均衡を調整する財政調整基金から合計一〇億円を取り崩して一般財源に繰り入れ、公共事業費基金からも合計五億円を取り崩し、一般財源に繰り入れて公共事業費の支出に充てることとし(地方財政法四条の四参照)、本件補助金中一五億円分の一般財源を確保する。

(2) 同別紙のとおり、本件貸付金として平成八年度八億円、同九年度、同一〇年度各六億円、同一一年度に五億円を大分県から借り入れ、普通建設事業の別府市単独施行分等の支出に充てることにより、本件補助金中二五億円分の一般財源を確保する。

(四)  本件貸付けによる後年度の財政負担、公債費比率、基金残高等への影響

(1) 本件基本協定調印に先立ち、別府市は大分県総務部地方課との間で、本件貸付けの貸付条件を次のとおりとする旨の打合せを行った(甲第一〇、第一五号証、乙第二〇号証)。

① 貸付条件 無利子

② 償還方法 償還期間一五年(内据置期間一年)

③ 償還期日 毎年三月一日

右貸付条件は、立命館アジア太平洋大学の進出に伴う別府市の財政負担を軽減し、事業の推進を図る見地から、貸付規則二条二項に基づき、「立命館アジア太平洋大学進出関連特別貸付」として、同条一項所定の貸付条件よりも、別府市に特別に有利な貸付条件を指定するものである(甲第一〇、第一五号証、乙第一二号証、弁論の全趣旨)。

(2) 右貸付条件によれば、別府市の毎年度の地方債元利償還金は、別紙「大分県市町村振興資金特別貸付償還年次表」のとおり、多い年度で毎年約一億七八五七万円増加し、別紙10年間推計のとおり、立命館アジア太平洋大学を誘致しない場合と比較して、同市の公債費比率(地方債の元利償還に要する経費総額の標準財政規模に占める割合を示す比率)は平成一二年度以降毎年度0.5パーセント上乗せされることになる(争いのない事実、乙第二〇号証)。

(3) また、前記のとおり、本件補助金の支出に伴い財政調整基金等を取り崩すため、基金残高は別紙10年間推計のとおり目減りを避けられないこととなる(乙第二〇、第二六号証)。

(五)  別府市の現在の財政状況

前記のとおり、別府市においては、経常収支比率の悪化に伴い、経常一般財源から投資的経費等に充当される財源の余力が低下するなど、財政運営が厳しい状況にあることから、平成一〇年度、同一一年度の予算編成については、投資的経費のうち新規事業は原則として認めないものとするなどとする方針を示している(甲第三六号証の4の1、2、第三七号証、弁論の全趣旨)。

もっとも、別府市は他の一般の地方公共団体と異なり、競輪事業特別会計歳入からの一般会計繰入分などからなる臨時一般財源が相当額あり、これらも活用して通常の行政サービスを確保している(甲第二七号証、第三八号証、乙第二六号証)。

なお、財団法人別府商業観光開発公社の解散に伴い、平成一〇年一〇月、別府市が金融機関等への損失補償として二一億六〇〇〇万円を負担することとなったが、そのうち別府市の財源をもって充てるのは一括払額七億六〇〇〇万円であり、残り一四億円の一〇年間延払額について店舗敷地の賃借権を譲り受けた株式会社トキワからの賃料収入と一〇年後の同社への右敷地譲渡代金をもって充てることとされた(甲第四一号証、乙第四三号証)。

6  本件補助金支出の公益上の必要の有無

前記2、3の事実によれば、被告別府市長は、いわゆる公私協力方式で立命館アジア太平洋大学を別府市に誘致し開学させることによって、国際観光温泉文化都市である同市のアジア太平洋地域の人材養成の拠点としての発展、国際交流の拡大、観光振興、地域文化の向上や学術の振興、若年層の定住や人口増、市民の生産活動、所得、雇用の増大、歳入増加による財政状況の改善等の効果が見込まれるとの政策的判断により、本件補助金を支出することとしたものであり、右判断は、別府市及び同市の市民全体の利益の観点から一応正当かつ合理的な行政目的に出たもので、本件補助金の支出は右目的の達成にとって必要であると認められる。

もっとも、本件補助金額が別府市内の他の文教施設整備事業費への支出や他の学校法人への補助等と比較してはるかに多額であること、別府市の財政の現状が全体としての収支の均衡や財政・歳入構造の弾力性、投資的経費の財源確保等の点において必ずしも良好ではなく、かつ本件補助金の財源対策である本件貸付けや基金の取崩しに伴い、公債費比率の悪化、基金残高の減少等今後の別府市の財政に更に悪影響をもたらすおそれがあることなどは、前記4、5認定のとおりである。

しかしながら、本件補助金支出に伴うこれらの不均衡や弊害が前記認定の程度であることからすると、なお前記認定の立命館アジア太平洋大学の誘致、開学の趣旨、意義やこれにより別府市及び同市住民全体が享受する種々の利益、前記二で認定した同大学用地の工事造成事業の規模、前記3認定の他の公私協力方式の事例における地方公共団体の負担の規模などに照らして、本件補助金の支出が不相当に過大であるとまでいうことはできない。

したがって、本件補助金の支出に関する被告別府市長の判断が著しく不合理で、裁量権の逸脱又は濫用に該当するとまで認めることはできず、右支出は地方自治法二三二条の二にいう「その公益上必要がある場合」に該当するというべきである。

六  本件補助金中二五億円(支出済補助金中八億円)に関する地方財政法五条一項違反について

1  本件貸付けの充当対象

前記五の5(三)で認定したところによれば、本件補助金は全て別府市の一般財源から支出されたものである。

そして、争いのない事実、甲八号証の1、2、乙第一四号証の1ないし4、第一八号証、第一九号証の1、2、第二〇、第二六号証、証人三浦義人の証言によれば、別府市は本件貸付金のうち、平成八年度分の八億円について平成九年四月一五日に大分県から貸付けを受け、平成八年度の秋葉通線道路改良事業外二六件の公共施設の建設事業費等及び大分県畜産公社出資金の財源に充当したこと、平成九年度分の六億円について平成一〇年四月に大分県から貸付けを受け、平成九年度の秋葉通線道路改良事業外の公共施設の建設事業費等の財源に充当したことが認められる。

2  本件貸付けの適債事業該当性と本件補助金の財源

右認定した事実によれば、本件貸付金のうち貸付けが実行された分はいずれも当該年度の地方財政法五条一項二号・五号に該当する各適債事業に支出されており、これをもって各翌年度の本件補助金の支出に充てることはないのであり(会計年度独立の原則、地方自治法二〇八条二項)、今後貸付けが実行される分も含めて、本件貸付金二五億円が本件補助金支出のための特定財源に充てられるとは認められない。

3 地方財政法五条一項の脱法行為の有無

ところで、原告は、本件補助金中二五億円については、本件貸付けの形式を採って実質的には本件補助金捻出のための迂回融資をしたもので、地方財政法五条一項を潜脱する脱法行為であるから違法である旨主張する。

しかしながら、地方財政法五条一項は、地方公共団体が地方債を起債することを同項各号所定の適債事業の財源とする場合に制限する規定であって、前記五の5(三)(2)認定のとおり、地方債を起債して適債事業の財源とすることにより、一般財源からの支出を抑制し、本件補助金等の支出の財源を捻出したからといって、本件補助金の支出の違法事由として、直ちに同項が適用されるものではない。

そして、現行法上、地方公共団体の歳出は、地方債以外の収入をもってその財源とするのが原則であり(地方財政法五条一項本文)、地方財務行政の健全かつ長期的な運営の確保の観点(同法二条一項、四条の二参照)からは、地方税、地方交付税等の一般財源をもって充当することが望ましいところではあるが、他方、経済情勢の推移や臨時的な財政需要の発生、増加などが原因で、財政需要に対して一般財源等が不足する事態が往々にして生じるものである。このような場合に、一般財源をもって充当している投資的経費等の財源を一時的に地方債に振り替え、公共事業等の地方債の充当率を臨時的に引き上げることによって、他の経費に充当されるべき一般財源を確保する措置を講じることは、それが地方債の制限に関する法令の規定に抵触するものでない限り、地方自治法二三〇条、地方財政法五条一項ただし書等の規定に基づき、当該地方公共団体における適正な行政水準の確保、住民の福祉の増進の観点から、その議会、長に認められるべき合理的な裁量の範囲内の事項である。

そうであれば、本件貸付けを公共事業費等に充当して、本件補助金等に充当されるべき一般財源を確保することは、原告が本件貸付けの違法事由として種々主張する事情を考慮しても、これをもって地方財政法五条一項の趣旨を潜脱する脱法行為というには当たらない。

したがって、本件補助金中二五億円に関する原告の地方財政法五条一項五号違反の主張は理由がない。

七  結論

よって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・一志泰滋、裁判官・山口信恭、裁判官・大西達夫)

別紙<省略>

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